瓊玉膏の歴史
1160年、中国は宋の時代に誕生したお薬です。古典として名高い漢方医学書
『洪氏集験方(こうししゅうけんほう)』に初めて発表されました。時の皇帝の子孫が脈々と栄えることを願い、典医たちが叡智を結集させて作り上げたものです。

瓊玉膏のエピソード
池波正太郎の小説「鬼平犯科帳」のモデルで知られる長谷川平蔵は、晩年重い病の床にありました。平蔵の身を案じた将軍・徳川家斉(いえなり)は病の平癒を願いこの瓊玉膏を授けたと伝えられています。 (「月刊プレジデント」より)

瓊玉の意味
「瓊」とは美しい玉のこと。その玉を重ねて《美しい碧玉》という意味に使われました。
また、瓊枝玉葉という言葉は、中国皇家の子孫に対する最高の礼を表すものとして使われました。つまり「瓊玉膏」は皇帝とその子孫の不老長寿を願う至宝の薬、として命名されたのです。